- 2025.05.02
- 労務全般
弊社では、IPOをお考えの企業様に対して、労務DDを実施し、結果の基づき改善方針を提言させていただき、必要に応じて上場審査の伴走もさせていただいております。
IPO労務や労務DDに関する情報は数多く流通しておりますが、
本当に重要な情報(優先度が高い実施事項)は、実は、シンプルに整理することができます。
本稿では、IPOをお考えの初期段階で、人事労務担当者様が、具体的に認識及び着手すべき事項をシンプルに解説させていただきます。
(もちろん、細かい法令遵守事項は無数にありますが、後から挽回可能な部分については、敢えて言及せず、優先度の高い部分にフォーカスして解説をさせていただきます。)
弊社では、IPO労務の「基本的な戦略」は3つに集約されると考えております。
1.「賃金の消滅時効:3年」を意識した動きをすること。
未払賃金が存在する場合は、上場審査時から3年間遡って清算しなければならないので、清算金額を圧縮するために、1か月でも早く、発生要因を除去する必要があります。
この際に、「完全な対応」を目指して、全ての穴を塞ごうとすると身動きが取れなくなりますので、「大きな穴」から優先的に塞いでいくことがポイントです。
【大きな穴の一例】
(1)勤怠管理システムを導入していない。
これはすなわち、従業員(退職者を含む)から、サービス残業等の訴えをされたときに、会社側が反証する手段を一切持たないという極めて脆弱な状況になります。
(2)労働時間の丸めや切り捨て処理をしている。
例えば、「10分丸め」や「15分丸め」等の設定を行っている場合、会社側がどのように言い繕ったとしても、第三者(審査機関)から見れば「端数時間が切り捨てられている」と見えます。
その他、残業申請がされていないという理由で切り捨て処理をする場合も、本当に「実態として残業がなかったのか」を確認していない場合は、第三者(審査機関)から見れば、「切り捨ての可能性あり」と見られることになります。社内的なざっくり感覚は、第三者(審査機関)には通用しないことを理解して、1分単位の細かい時間管理に移行することが必要です。
(3)固定残業手当の内容(金額、時間数、充当関係)について、規程や雇用契約で明確になっていない。
固定残業手当という制度は、そもそも法律上に存在しない制度であり、就業規則や雇用契約による合意に基づく脆弱な制度です。
悪い制度ではございませんが、細かく正確に設計する必要があります。
「基本給と固定残業手当が区別されていない設計」「金額算出根拠が見えない」「差額精算をしていない」等は、制度が無効と判断されるリスクが高くなります。
(4)名ばかり管理監督者問題(管理監督者の任命基準、地位権限、裁量性、処遇、人数バランス等が不適切な状態で惰性で管理監督者扱いしていること)が生じている場合は、当該管理監督者に関して1円も残業代が支払われていない状態(完全な未払状態)に陥っていることになります。
金額的なインパクトが極めて大きい問題であるため、IPO自体が頓挫する要因になります。職務権限や人事制度を整備して、適正な制度設計を行い、疑義ある従業員については、雇用契約の再締結等を進めていく必要があります。
(5)裁量労働制について、「協定の締結」「労働基準監督署への届出」「対象従業員の個別同意」などが適正に行われてない裁量労働制は無効です。
(要改善という話ではなく、単純に過去遡及で無効になります。)
(6)割増賃金の単価の算出が不適切である。
「手当を割増単価に含めていない」「月平均所定労働時間が過大になっている」等の労働基準監督署で指摘されるレベルの事項に不備がある場合は、上場審査でも確実に問題視されます。
再計算して差額を清算する必要があります。傷口を広げないように、速やかに計算方法を修正する必要があります。
2.主幹事証券(Jアドバイザー)の審査で、そもそも「何を質問されるか」を理解して、そこから逆算で対策を講じること。
過去問を見ずに試験勉強することに意味がないように、審査内容を把握せずに、社内だけで右往左往することは時間の無駄です。
審査傾向を熟知した社会保険労務士に労務DDを速やかに依頼して、改善方針を立ててください。
3.時間が最も貴重な資源と心得る。
労務DDは速やかに実施する必要があります。発注先探しや契約手続で時間を無為に消耗したり、納品された報告書を放置する事例が散見されますが、時間とコストの無駄です。
問題が先送りされてしまった結果として、最終的な未払清算額が増える可能性が高くなります。
多くの会社様が、無駄にした数か月を悔やむことになります。
逆に言えば、3か月対策が先行すれば、その3か月分は、改善により、未払清算の対象から消えることになり、会社の利益になります。
以上の「基本的な戦略」を認識の上で、各論(勤怠システムの設定、賃金制度の設計、就業規則や労使協定の整備)を進めていきましょう。