- 2025.05.08
- 労務全般
その1(基本的な戦略)でご説明のとおり、IPO準備に入る際には、「賃金の消滅時効:3年」を意識した動きをすることが重要です。
その際、「この3年」に「勤怠管理が行われていなかった期間」が存在することは、審査上の疑義事項(端的に言えば「サービス残業の疑い」が発生する)になります。
「勤怠記録がなければ、未払残業代も証明できないから逆に安心ではないか?」とお考えの会社様があるかもしれませんが、そもそも、勤怠管理を行い、出勤簿を作成及び保存することは、会社側の義務でありますので、その義務を果たしていない会社に対して、従業員が未払残業代を請求した場合、会社に不利な判断が行われる可能性が高く、かつ、会社としては従業員の主張に反論する術を全く持たないことになります。
上場企業になるにあたって、こうした管理上の脆弱性を抱えていることは、審査上でも問題視されますので、このような「勤怠管理が行われていなかった期間」が存在する場合は、会社として取り得る選択肢は、
「不存在を疎明(確認)する」か、「存在を認めて未払清算する」か、のいずれかしかありません。
前者の道を進む場合の手段として、「社内アンケート」などの方法がありますが、会社として「過去の未払残業に関するアンケート」などを大々的に実施すること自体が不名誉ですし、また、どのようなアンケート結果が出るか、完全に会社のコントロール外になります。
後者の道を進む場合の手段としては、利用可能な資料から推測したり、関係者にヒアリングをする等で状況を推測した上で、一定額での金銭精算を従業員に提示して、合意交渉を行うような対応になります。これもまた会社にとっては、たいへん不名誉であり、金銭的な負担も大きいですから、こういう手段を取りたい会社様も多くはないはずです。
いずれの道も茨の道というわけですが、そもそもこういった状況に追い込まれてしまうのは、「過去3年で勤怠管理を行っていない期間があった」ことに起因するのです。
IPO審査では、疑わしいことは疎明(説明)するか、清算するかしなければならないのです。
以上より導かれる結論としては、IPOをお考えの際には(IPOを考えていない場合であっても)、勤怠管理システムの導入は「最優先の経営課題」であるということです。
勤怠管理を行っていないという不備は、以後3年にわたって経営上の負債になる可能性があるのです。
近年では、「月額数百円/1アカウント」から安価に利用できるクラウド型勤怠システムが主流になってきましたので、導入コストのハードルはずいぶん下がりました。
基本的には、勤怠管理機能自体に大きな差はございませんので、お好みでご選定いただければと思いますが、IPO審査を有利に進めるための視点が2つありますので、ご留意いただきたいと思います。
【IPO審査を想定した勤怠システムの留意点】
(1)労働時間の丸め設定や切り捨てになる設定は入れないこと。
その「数分」を節約しようという気持ちが、後日「切り捨て」と評価されてしまい、不名誉な未払精算を求められることになります。
正々堂々と1分単位で記録して、給与計算をしましょう。
どうしても端数を丸めたいのであれば、切り上げしてください。(そのような過払いは不合理だとお感じになられたら、切り捨てもやめましょう。同じように不合理です。)
(2)IPO審査で求められる「PCログ照合」「入退室ログ照合」などと連携しやすいシステムを戦略的に選択しましょう。
好むと好まざるに関わらず、IPO審査では、最重要事項の一つとして「サービス残業防止措置」が審査されます。
これは、勤怠管理システムの打刻の真実性を裏付けるために、「PCログ」「入退室ログ」などの客観的なデータと照合して、乖離確認を行うという措置です。乖離基準は「30分」「20分」「15分」などと社内基準を設定し、それを超える乖離が確認された場合は、疑義事象として個別確認を行う必要があります。
このログ確認を行うためには専用のシステムを導入する必要があるのですが、勤怠システムによっては、これに類似する機能がデフォルトで内蔵されていたり、連携しやすい仕様になっているものがあります。
そうした勤怠管理システムをあらかじめご利用いただいている場合は、IPO審査上で必須の「サービス残業防止措置」の対応がスムーズに進むことになります。
審査を先読みしたシステム選定をすることが決め手です。
【サービス残業防止措置が内蔵された勤怠管理システムの一例】
以上の「勤怠システムの重要性」を認識の上で、導入検討、設定や運用ルールの策定を進めていきましょう。