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IPOに向けた労務戦略 その3 固定残業手当を明確化する
  • 2026.01.15
  • 労務全般

その1(基本的な戦略)でご説明のとおり、IPO準備に入る際には、固定残業手当の設計を点検し、疑義を招くような設計又は運用を改善し、「明確区分性」と「対価性」の観点から、できるかぎり明確化しなければなりません。

ご承知のとおり、固定残業手当とは、法令上で定められた制度ではなく、あくまでも労働契約に基づいて成立している制度であるため、その合意内容が双方にとって明確であることが何よりも重要になります。

弊社の関与実績から、固定残業手当の設計又は運用で、落とし穴になりやすい事例を紹介させていただきます。

1.大前提として割増賃金の時間単価は正確になっているか?

単価が間違っていると、制度の根底が崩れてしまいます。
月給制の場合は
A「月給(※法定除外賃金は除く)÷B「1年間における1か月平均所定労働時間」
で算出されます。

Aにおける法定除外賃金とは、「家族手当」「通勤手当」「別居手当」「子女教育手当」「住宅手当」「臨時に支払われた賃金」「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」(労基則第21条)を指しますが、これ以外のものが除外されていると、単価が過小になります。

Bにおける1か月平均所定労働時間とは、1年間の所定労働時間を12か月で除した数字になりますが、休日設定等があいまいでこの値が正確に管理されていないと、単価過小になる場合があります。

2.金額の設定方法は明確であるか?

①一定の時間数で定める方式
②一定の金額で定める方式

①②いずれの方法でも差し支えないとされていますが、
固定残業手当を過大に設定した結果、基本給部分が過小になった場合は、過重労働を強いる不適切な賃金制度と受け止められる懸念があり、制度としての妥当性に疑義が生ずる恐れがあり、非推奨です。

3.そこに含まれている割増賃金の種類が明確であるか?

①時間外割増賃金のみを含む方式
②時間外割増賃金及び法定休日割増賃金を含む方式
③時間外割増賃金、法定休日割増賃金及び深夜割増賃金を含む方式

一般に、時間数で定める場合は①が多いように思われます。金額で定める方式の場合は①~③の様々なバリエーションが見られます。ただし、含む割増賃金の種類が多くなるほど、従業員にとっては、充当関係や差額計算のプロセスが分かりにくい方式になります。計算ロジックの説明は明確に行っておくことが重要です。

なお、トラブルとして多いのは、
「①方式で定めているのに、法定休日割増賃金が別途支払われていない」とか「③方式で定めているが、法定休日割増賃金や深夜割増賃金を差額支給に考慮していない。」といった、規定と運用の不一致問題です。こういった不一致を放置してしいますと、制度そのものへの疑義になりますので注意が必要です。

4.疑義を抱かせる名称になっていないか?

手当の名称は、会社ごとの取り決め事項ではありますが、あまりに実態とかけ離れた名称になっていると、割増賃金としての連想しにくく、他の要素に基づいて支給されている手当と誤認され、対価性を損なう要因になります。

【一般的にイメージしやすい名称】
・固定残業手当
・固定割増手当
・みなし残業手当

【ややあいまいな名称】
・業務手当
・職務手当

【誤認される恐れが高い名称】
・営業手当
・役職手当

5.基本給に含む方式で、差額計算があいまいになっていないか?

「基本給部分」が先に決まり、「固定残業手当」がその後に計算されて、「月額総額」が決定されるのが、本来的な賃金決定方法ではありますが、実務上は、「月額総額」が先に決まって、その後に、「基本給部分」と「固定残業手当」に事後分離する方式を行っているケースがあります。

もちろん、事後分離する方式でも、「基本給部分」と「固定残業手当」が明確に区別されていればよいのですが、この区別を怠り、労働条件通知書や賃金台帳で、「基本給●●円(固定残業手当を含む)」といった記載方法は、明確区分性がないとして制度に対する疑義要因になります。

特に、「基本給部分」や割増賃金単価をきちんと算出せず、差額支給もしていないような実態があれば、「基本給に固定残業手当を含む」という説明自体が、単なる虚偽説明になってしまいます。

6.不利益変更の同意は取られているか?

前述のように、事後分離する方式を採っている場合において、当初は「30時間分の固定残業手当を含む」としておきながら、いつのまにか「40時間分の固定残業手当部分を含む」と、会社に都合良く変更しているようなケースはどうでしょうか?

会社側としては、総額が変わらないのだからかまわないだろうと軽く考えているかもしれませんが、これは、基本給部分が減額されていることに他なりませんし、差額残業代の支給ポイントが引き上げられているわけですから、明確な不利益変更になっています。

もちろん、合理的な理由を説明した上で、個別同意を取った上で労働契約の変更が行われていればよいのですが、このような「一方的に金銭的な不利益を受任させる不利益変更」に際しては、そのデメリット等も丁寧に説明して、自由意志による同意が必要であることには注意が必要でしょう。

以上、固定残業手当のポイントです。
上場準備会社の多くが、固定残業手当を導入していますが、会社側が当たり前に認められている制度と慢心してしまうと、大きな事故になりうる制度です。改めて、自社の設計や運用を見直してみることをお勧めいたします。

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